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2021年になりました。本年もよろしくお願いいたします。

年末年始のTVで放映される映画は何気に豪華で、
BSでは映画「ウエストサイド物語」を放送していた。
あらすじは、ニューヨークの裏町では不良少年グループ、
プエルトリコ系シャーク団と白人系ジェット団が争っている。
そんななかで元ジェット団リーダー・トニーが恋したのは
現シャーク団リーダーの妹・マリアで。。。というもの。
シェークスピアの「ロミオとジュリエット」を基に
当時のアメリカ(1961年)の状況を織り込んで二人の”悲恋”を描いている。

この「ウエストサイド物語」は私の思い出の映画の一つだ。
淡い恋物語を期待していた人には申し訳ないが、授業での思い出だ。
まだ大学の1年生、教養で選択した美術の授業にでると、
その日は「宗教画について」だった。
宗教画について学ぶ。として興味を持つ人がいるだろうか?
当然19歳の私も”つまらないなぁ”という先入観を抱いた。
ところが美術講師が「まずは映画をダイジェストだけど見てもらいます」
といって流したのが「ウエストサイド物語」だったので、一転興味を持って聞いた。

この映画はキリスト教の世界観が投影されているという。
まずは主人公の名前、マリア。これは聖母マリアを連想させるという。
また、トニーが撃たれ横たえる彼を抱くマリアの構図が、
”ピエタ”という宗教画・彫刻全盛時代の芸術家が好む構図であること、
その時のマリアの衣装が、宗教画でマリアを意味する赤と紺色が使われていることなど、
そして、映画の冒頭は空からの視点で始まり、
これは神の視点を表現している。という説明で授業は終わった。
私の母親が金曜ロードショーかなんかでこの映画が流されるたびに
「高校時代、授業さぼって見に行ったの。ジョージ・チャキリスが素敵!」
と、小さい頃の私に説明していた同じ映画が、
大学の先生にかかるとこんな高尚な見方もあるのかと心底感動したのだった。
pieta_convert_20210106180311.jpg 
ボケていて申し訳ないけど、参考までにピエタのイメージを。
バチカンにあるミケランジェロ作ピエタ像。20代のミケランジェロの作品です。

それから20年後、イタリア旅行で嫌というほど宗教画を見る機会があり、
「ウエストサイド物語」を思い出して、
「受胎告知」などに描かれているマリアは必ず赤と紺だなぁと確認してました。
そしてなんと、今年は「ウエストサイド物語」が再映画化されるという。
監督はスティーブン・スピルバーグ。。。
やっぱり授業で習った通りか?見に行こう。


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2021.01.06 / Top↑
12月に入ってから、うちのベランダに少しばかりのパンくずを置いてみたら
セキレイとヒヨドリが食べにくるようになった。
今週初めの寒さが厳しく、風が強かった朝はその餌やりをさぼってコーヒーを飲みながら
ベランダを見ていると、セキレイがやってきて、一直線にベランダの隅に向かっていった。
いつも置いてある場所には来ず、隅のほうでエサを探していた。
まるで、「この風でいつものところに餌を置いてたら隅のほうに動いていますよね」
と知っているような行動で、その賢さに驚いた。
私のようにコーヒーを飲みながら。。。ではなく、
動物の行動を観察してそこから進化や心理を研究する、動物行動学という分野によると
微笑みと笑いは起源が違うという。
akagezaru.png 
これはアカゲザルの子供。
サルの世界はしっかりとした階級社会で、
幼い子供が、近づいてくる上位の雄に”服従のポーズ”をとっている写真です。
人間でいえば頭を下げてひれ伏したり、敬礼したり、
ドンの指輪にキスしているような意味を持っている。
あまり口を開けずに口角を横に引っ張るだけのこのポーズから
口角を少し上げてみると”微笑み”になる。
サルの世界での「私はあなたを恐れています。
あなたとは良好な関係を持ちたので受け入れてください」
という願望が”微笑み”の起源だという。
格闘技の試合直前、対戦者同士が視線を交わすときに
より明確に微笑んでいる選手がその後の試合で負けていたという。
”微笑み”は優位ではない深層心理を表現しているのかもしれない。
また人間の”微笑み”は進化して、
単純に”幸せな”気持ちを表現するだけではなくなった。
”微笑み”を作って「大丈夫だよ」と相手を安心させる目的にも使うし、
自分は優しいですよというアピールのためにも"微笑み"は利用される。
こういう"微笑み"は政治の世界にあふれているだろう。

"笑い"はどうだろう?
サルの行動からは、喘ぎ(あえぎ)が"笑い"の起源だという。
喜ばしい気持ちを伝えるときのあわただしい喘ぎが"笑い"なのだ。
確かに大笑いをすると喘ぐようになり、
息が苦しくて空気を吸わずにはいられなくなる。
”微笑み”と違い嘘で笑うことは難しい。
子供のやったいたずらが、おかしくてたまらないけど怒らなければならないとき、
ちゃんと親は怒れているだろうか?笑いながら怒ることは難しい。

情動の両極端に起源をもつ”微笑み”と”笑い”。
私たち人間はこの二つは結局混ざり合って、今では一体化し、
”微笑み”から”笑い”に移ることも二つが混ざり合うこともある。
この混ぜ合わされた情動はサルの世界でも私たちに近い
類人猿にだけ見られるという。私たちは複雑なのだ。
日曜日にはM1グランプリが放送される。
私は喘いで苦しいような”笑い”を体験することを期待している。

さて、ブログは本日で今年最後です。
コロナで自粛期間中、なんとか笑えるように工夫してくれたスタッフと
私を支えてくれている多くの皆さんに感謝します。
では、よいお年を。
2020.12.19 / Top↑
 炭治郎とねづ子といえば純と蛍(ほたる)である。
「鬼滅の刃」と「北の国から」という物語史上、二大兄・妹と言ってもいいだろう。
最初の文章を数式化すると
炭治郎:ねづ子=純:蛍となってしまうわけだが、
共通しているのは”兄・妹”というだけで、決してイコール(=)ではない。
というか、近似(≒)もしていない。
どちらかというと似ても似つかない(≠)である。

炭治郎がねづ子に意地悪する姿を想像できるだろうか?私にはできない。
でも純は蛍に意地悪する。
まず、蛍が餌付けしたキタキツネに石を投げる。
父さんが蛍ばっかかわいがる。という思い込みで当の蛍ではなく
蛍がかわいがっているキタキツネに当たるというずるさマックスな男、純。
炭治郎が持つ”光る小人”は、純にはない。
また、蛍に内緒で東京に住むわかれたお母さんに電話はするし、
蛍が行方不明になった原因を知ってるにもかかわらず、
しらばっくれて、周りを心配させる純。
父さんが手作りした丸太小屋を全焼させるわ
東京でガールフレンドを妊娠させるわ、
草太兄ちゃんの牧場は倒産させるわ、やりたい放題である。
炭治郎の心とは両極にある心を持つ男、それが純だ。
純だけではない。蛍も物語が進んでくるとねづ子から遠く遠く離れていく。
蛍はまず、不倫した。不倫相手の子供を産んだ。でも幼馴染と。。。

ああぁ~もう、こんなに書いていたらもう一度「北の国から」を見たくなってしまった。
12月の日本映画専門チャンネルでは「北の国から」一挙放送が予定されている。
スカパーで見るべきか、我慢すべきか。決めかねています。。。
IMG_3047.jpg 
今週末、鬼滅の刃の最終巻が発売されます。
ロスになった方々、「北の国から」を 楽しむのはいかがでしょうか?









2020.12.02 / Top↑
11月に富士宮に行くのは今年で3回目。
渋滞する139号線からそれてしばらくいくと、
木が道路の際まで生えている、いかにも山道に入っていく。
11月にしては暖かく、車の窓を開けるとイチョウの匂いがした。

実家から100mと離れていないところに神社があり、
そこには私が保育園に通っていたころには、
既に大きいイチョウの木(雪景色としてこのブログに登場)が3本あった。
四季を通じて子供の遊び場であったこの神社は、
秋になると大量の実と黄色い葉を落とす。実はギンナンだ。
祖母に「食べたいからとってきて」と言われ数個取りに行ったこともある。
「手がかぶれるから実を素手で触っちゃいけないよ」と注意をされたが、
それよりも果肉の独特な匂いのほうがきつくて、
あんまり好きなお使いではなかったし、
焼きあがったギンナンも匂いを想像してしまいあまり口にしなかった。
東京の神宮外苑はイチョウ並木で有名な場所だ。
「愛という名のもとに」というドラマのロケで使われ、
出演の女優俳優陣が横一列に並び歩くシーンで、
「くさくないのかな?」と思ったものだった。
イチョウは秋にあの独特の匂いをかもすものだと思っていたから。
イチョウにはオス木とメス木があって、
実がつくのはメス木のほうでオス木には実がつかない。
あの独特の匂いはメス木だけなのだ。
街路樹として植えられているのはほとんどオス木だそうから、
ロケの俳優陣たちは匂いを気にすることはなかったのだろう。
IMG_3038.jpg 
(母に言って、撮影してきてもらった昨日の神社)

記憶は耳(歌として)や目(物として)鼻(匂いとして)など五感にひそんでいる。
イチョウの匂いのする富士宮の山道は私に、
実家での日々と今は富士宮で眠る人を思い出させた。
来年も同じ匂いがするだろうか?
2020.11.23 / Top↑
 赤ちゃんが生まれてから、1歳半検診、3歳児検診で発達を客観的に見て、
小学校に入学する前に、行われるのが就学時検診です。
秋はこの就学時検診の時期です。
耳鼻科は耳鼻科的な健康度と言葉の発達を見ています。
ちなみに言葉の検診は数年前から始まりました。

生まれた赤ちゃんが成長してくると言葉としては「あーうー」という母音や
マ行やバ行、パ行が出てきます。
母親のことを子供がマミー(英語)、マーマ(中国語)、マンマ(イタリア語)と呼ぶ、
世界で似た傾向の言葉になるのはマ行や母音が
最初に出てくるからではないかと勝手に思っています。
赤ちゃんが「マン、ンマ」みたいな言葉を発した時、
「やっぱり、最初の言葉は”ママ”なのね」とじ~んと幸せを感じるかもしれないが、
最初に出る音だから”母親”という意味を持たせた。。。
というのが正しいのではないかと思っています。
母親の次に赤ちゃんにとって大事なのが食べることなので、
それが日本語では”マンマ”であり、
イタリア語では”マンジャーレ”なのも偶然ではない気がしています。
それで、就学時検診では発音の完成が遅い、サ行、ザ行、ラ行などを見ています。
ハサミがハタミ、キリンがキイン、ゾウがドウ、ジョーなどのように
発音を変えてないかチェックするわけです。

さて、今年最初の就学時検診は戸田っ子センターの年長さんたちでした。
先生が「はーい、名前を言ってください」と声をかけると、
全員「タカアシガニ組の〇〇、〇〇です」と元気に自己紹介してくれました。
鼻を見て、のどを見て、耳を見て、言語検診に移るのですが、
みんな大きな声で、キリン!、ゾウ!と発音してくれました。
そりゃぁ、”タカアシガニグミ”って言えれば、それで十分だよね。。。

タカアシガニ 
 戸田名物タカアシガニです。


2020.10.28 / Top↑