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ケーキを食べる。軽いランニング。酒を飲む。ショッピング。恋人とのハグ。
これらに共通することは何でしょう?
答えは脳内物質ドーパミン産生されるです。
ドーパミンについては以前のブログでなんだかんだと書いていますが、
最近依存症についての本を読んだでのあれこれ考えてみました。
本を読むきっかけになったのは、やめられない行動(=耳を掻く)のせいで
外耳炎を繰り返す患者さんがいたからです。
かゆみを感じ掻くと気持ちよくなってドーパミンが出るのでしょうか?
まあ病院に通う羽目にはなるけれど、社会的な罰を与えられたり、
家庭が崩壊することはないでしょう。

有酸素運動でもドーパミンは産生され、ランナーズハイという言葉もあります。
私も、マラソンでは無いですが、大学生の頃に小学生以来で泳いだ時に
「気持ちいい~、ずっと泳ぎ続けられるわ」という無敵感を味わいました。
その感覚を求め水泳を始め、仕事のために中断した時期はありましたが、
50歳に至るまで続けています。
水泳をやったからと言って、母親が「もうやめてよ」と泣くわけでもなく、
医師免許が取り上げられるわけでもありませんが。
けれど、そうやって何かにのめりこむ感覚がわかるから、
自分の周りに違法薬物がなくて本当によかったと、昨今のニュースを見て思いました。
依存症は習慣であり、習慣になるかどうかは身近にあるかどうかがきっかけだと思うからです。
ドーパミンから影響を受ける依存症の深刻さは、例えば麻薬は非常に深刻で
ランナーズ(水泳)ハイは軽く、
アルコールやギャンブルは人によっては中くらいより深刻という具合に
分けられるとは思いますが、ドーパミン産生の同じベクトルです。
だとすればみんな依存症になるリスクってあるのかもしれません。
SNSやスマホ操作だって。。。用心、用心。
富山の田舎で大人になるまで過ごし、好きな音楽も中島みゆきやミスチルだったせいで、
クラブミュージックで踊ることもなかったから、助かった面がある気がします。

そんなふうに考えると、耳かき依存症の人は耳かきの道具を一切捨てたらどうでしょうか?


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2019.11.17 / Top↑
この2週間は”こんにちわ”の代わりに”ララポート行った?”があいさつだったでしょうか。
私も先週の水曜日に映画を見るために行ってきました。
映画館のある3階から10時前に入るともう映画館の前入り口に列ができており、
「やはりジョーカーは人気がある映画なのか、もっと早く来るべきだった」と思っていたら
飯田商店の列でした。その時点でラーメンは60分待ち。映画は誰も待っていませんでした。
紛らわしいぃ。

ジョーカーがなぜ悪となりバットマンの敵になったか、が描かれている映画で
本国アメリカでは観客動員数がとても多いそうです。
映画を通じて私が考えさせられたのは”孤独について”です。

原始時代の人間は集団で生活してた方が生存率が上がったため、
人といることを喜び、ひとりになると不安になるように人間は設計されています。
ひとりになることを好む原始人は子孫が代々残っていく可能性が少ないため、
進化の中で人間とは関わりあいを好む動物になっていったはずです。
現代人の中に”対人不安”が多いのはそれ(対人)がすなわち大事だからでしょう。
失恋すると心が痛むといいますが、拒絶されて血流が増える脳の部位は、
身体的な痛みの箇所でもあるので、あながち間違ってはいないようです。
一時の孤独感は対人関係を改め、行いを反省するきっかけにもなる。
そのことは将来に有益ですが、長期の孤独感は体をじっくりとむしばみます。
運動しない、食事もお粗末、悲観的な考えばかりになり、
ストレスを感じやすくなり、眠りの質も悪くなる。という具合に。

 アメリカ人は20%が孤独感を抱え、不幸の大きな原因になっているという。
ただこれは実際に一人でいることではなく、独りだと思っているという本人の思いこみ次第だという。
私のは母は父が死んで一人で暮らしてはいるが、運転がまだできるので地域から頼りにされている。
趣味の陶芸作品を人に配ったり、町内のお祭りで安価で売ったり、時々ドライブにも行っているようだ。
多分孤独とは思っていないだろう。勇気がないので面と向かっては聞けないが。
 何かの本で幸せのインフラについて書かれていて、生活に必要な電気・ガス・水道みたいに
1.家族、友人などの関係
2.働いて金を稼ぐ社会とのかかわり
3.金融資産
3つのうち2つあれば結構幸せで、1つでもあれば何とかやっていける。
ってな内容を読みました。
映画の主人公アーサーはコメディアンを夢みて、おんぼろアパートに母と二人暮らしです。
3の金融資産はないけれど、一応ピエロとしての仕事はあるし、家に帰れば母親がいるので、
1と2は持っている設定。話が進むにつれ、2(仕事)を失い、1も消えてしまいました。
心を病んでカウンセリングに行っているから、孤独感をある程度感じていたと思うけど、
1(映画では母親)を失ってから、独りであってかつ一人。
他人から見ても孤独になり、幸せのインフラがなくなってしまったので、
アーサーからジョーカーが生まれたように思えました。

色々な人がこの映画を評価しているけれど、私はそんな気にはなれませんでした。
アーサーの不幸に感情的に共感することができませんでした。
「自分が不幸だから、他人を不幸にしていいわけがない」とジョーカーに言って
撃ち殺されたデニーロと同じ感覚かも。
2019.10.20 / Top↑
昨年、スタッフが結婚式のウエディングドレスを選ぶのに時間がかかったと言っていたので、
「人は6つぐらいの中から選ぶのが”ちょうどいい”らしいよ」と
どこかで聞きかじったことで答えてみた。
この会話の元になった「選ぶ数が多すぎると、人はかえって選べない」ということ実験した
シーナ・アイエンガーの著書「選択の科学」を読んだ。
「たった6つじゃな~」というスタッフの反応のとおり、
人は選べないことや、選ぶことに規制がかかると不満を感じるという。
自分で自分の選択をコントロールしている感が満足度に重要らしい。

ここで、著者の名前を高めた”ジャムの実験”について説明しよう。
スーパーで24種類のジャムの試食と、6種類のジャムの試食を比べた。
試食に立ち寄った人は24種類の方が多かったのだが、
実際にジャムを買った人は6種類の試食をした人たちだったのだ。
圧倒的な品ぞろえは、店に客を集めるには効果があったが、
お金を落とす客となると別という結果だった。
多すぎる選択肢は「本当に自分は良い選択をしたのだろうか?」と
後悔の念を起こさせるから、かえって”選べない”気持ちになるのだろう。

ジャムを選ぶことなら失敗しても良いけど、人生で重大な選択ならどうなのだろう?
幸い、重大な選択は24種類もないけれど、どっちを選んでも満足いく結果にならないときもある。
例えば末期がんの家族の治療を続けるのか?やめるのか?もしかしたら子供の人工呼吸器は?
こういうとき、人は自分が選択したこと自体を後悔するらしい。
家族の生死を自分が決めたという良心の呵責に苛まれる。
選択をする自由を侵されたくない権利のように思っているからこそ、
つらい選択をするときには葛藤が生じるのだろう。

人生は選択の連続。選択はその不確実で矛盾に満ちた結果も受け入れること。
原題は「The Art of Choosing」目の見えない著者によれば「選択は芸術」なのだ。










2019.05.06 / Top↑
2/24にドナルド・キーン氏がなくなったというニュースを聞いて、
日本文学研究者である氏の著書を読みたくなった。
図書館で一覧を見ていると”百代の過客”という題に惹かれたので、借りて読んでみた
この本は平安時代から江戸時代までおよそ千年にわたる日本の日記文学を解説した本です。
アメリカ人の彼に言わせると、日本以外の国での日記の役割は主に記録であるのに比べ、
日本にとってはそれは文学作品として読み継がれている。という違い、
このことが日記を研究する理由の一つだったらしい。

日記というのに日付も付けず、ただひたすらに源氏物語にあこがれ
物語の世界へとのめりこむオタクぶりを発揮している更級日記や
60代の息子の中国留学を嘆くだけの84歳母の執念の日記。。。
など、西洋人の目でその特徴を紹介されています。
しかし昔の日記作者も現代の日記=ブログ作者と同様、
他人に読まれること前提で書いてはいるはずだろうに、
夫への愚痴だけを書いた妻の日記が千年以上も読まれていると知ったら、
蜻蛉日記の作者は何と思うのだろうか?

本の題は松尾芭蕉の「月日は百代の過客にして行きかふ年もまた旅人なり」
”奥の細道”の冒頭から採られたのものです。
この究極の紀行日記で芭蕉が表現した日本の美、それは芭蕉よりもっと古の歌人が見ていた美を
千年を越えて日本(人)の中に見出したからキーン氏はこの題をつけたのだろう。
つまり”百代の過客(永遠の旅人)”なのだ。

最後に、キーン氏が日本の日記文学に興味を持ったもう一つの理由は
太平洋戦争の戦地で、遺棄された日本軍兵士の日記を翻訳するアメリカ兵として従軍していたからだと、
この本の序文に書いてあった。きっと故郷を思って書いたであろう兵士の日記の翻訳は、
その後、日本文学に流れる郷愁を知る良い経験になったのであろう。
そう思えば、日本に帰化し日本人として死んでいったキーン氏を偲ばずにはいられない。

夏草や兵どもが夢の跡(芭蕉)
The summer grasses-
Of brave soldiers' dream
The aftermath (ドナルドキーン、英訳)

2019.03.13 / Top↑
もう一度観たい!と思い続けていた〝ボヘミアン・ラプソディー”を
インフルエンザがようやく終息したので観に行きました。
1つの映画を劇場で2回見たのは”タイタニック(1997)”以来ですね。

11月に最初に観てから、弟夫婦も、富山の友人も、
果てはフレディを”気持ち悪い人”だったと記憶していた母親でさえも映画を観て感動したそうで、
2月に観た人たちだけでの夕飯は(偶然)KILLER QUEEの歌詞にある”モエシャンドン”で乾杯し
クィーンへの情熱をキープしていました。
母親からはクィーン関係のTV番組があると電話がかかってきます。。。

さて、ボヘミアンを観た帰り、3/15からサントムーンで
「ホイットニーヒューストン」の映画をやるとポスターがかかっていました。
もちろん、このブログの読者さんならご存じなように、
当院は「ホイットニー耳鼻科」になるかもしれなかった程にホイットニーファンが運営しております。
実はポスターで映画を知ったのではなく、
1、2年前からホイットニーの伝記映画を作っていることは知っていました。
11月にボヘミアンを観た帰り道、友人に「実はホイットニーも映画になるのよ」と伝えたら、
ボヘミアンの直後の泣き腫らした目で
「フレディほど人生に深みがないから、ホイットニーの映画は絶対こける!」と、さらに目を腫らしていました。
今回、改めて3/15からと知って友人は「やっぱり、どんなにこけても見に行かねばならないと私は思うの!」
と、固い決意を私に向けてきました。晩年のホイットニーと対峙することを考えあぐねていると、
私のカーステレオから聞こえてくるシャッフル設定している音楽が
クィーンの”somebody to love"からホイットニーの”すてきなsomebody”になったのだった!
体に電流が走った私は確信しました「ホイットニーは私(達)を見ている」と。
2月は彼女の命日。
「私の映画も、きっと観てよね~」ってあの世から念を送ってきたんだよな~


2019.03.06 / Top↑