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ニンニクを1㎏むく時期になってきました。
ニンニクを1㎏むくと親指が強くなります。ついでに人差し指と親指の爪がへたり、
むき終わった後 指をじっと見ていると、まるで「マッチ売りの少女」になった気分です。

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さて、むいたニンニクを柔らかく中まで牛乳で煮て、
アンチョビとブレンダーにかける。粒の細かさはお好みで。
鍋にそのペーストとアンチョビのオイル、オリーブオイルを入れ、
弱めの中火でふつふつとわくまで煮る。決して焦がさないでね!
がイタリアン落合シェフのレシピです。
(材料:ニンニク9個、牛乳1ℓ、アンチョビ30gほど、オリーブオイル500ml)
うちはアンチョビ気持ち多めです。
ソースに手間がかかるので、野菜はシンプルに切るだけの生で。
今の時期なら、カブ、小さい大根、カリフラワー、ブロッコリーなどなど。
中でもブロッコリーのふさふさ部分がソースと絡みますね。
元は北イタリアの料理なので、北イタリアの白ワインと合わせるとよいでしょう。
と、おしゃれなのですが、ニンニクを1㎏もむくと指先にニンニク臭がまとわりつきます。
ほのかなワインの香りをあざ笑うかのように、強力なニンニク臭が漂ってきます。
しかし!指先ニンニク臭を消す画期的な方法を私は編み出しました。
牛乳で洗うと臭いが早くとれるのです。(常識だったらすいません)
臭い消しの方法では、以前カナダ人に教えてもらったのに
飼い犬がスカンクを追っかけて、スカンクの屁を浴びたら、
トマトジュースで洗うと割と早くとれるよ。というのがありますが、
使う日は来るのでしょうか?




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2020.11.08 / Top↑
今年もあと2か月。
本屋さんや、文房具店に行くと来年の手帳が目立つようになってきた 。
手帳は見開きで月タイプか、週間タイプか、日タイプかに分かれ、
それ以外のメモ部分の場所と量、大きさ、おしゃれ度なんかの要素で決められると思う。
学校の先生だったら、年度で仕事が区切られるから4月始まりを使うのだろうか?
学校行事に加え、個人的な予定も多そうだから、週間タイプを使いそうだ。
売れっ子タレントのマネージャーなら時間管理もしないといけないし、
数か月先の予定も把握しなければならないので、
週間と月間の合体型を使うのかもしれない。
3~4人子供がいるママさんや、1~2人でもそこに習い事が多いと、
まるで売れっ子タレントのマネージャー並みの管理だと思うが、
あまりに忙しくて手帳に予定を書く時間もないかもしれない。
このブログを書くために、どんな手帳があるのだろう?と調べたら
農家日記、水商売専用ダイアリーなどなど、その道にはその道の手帳があるらしい。
子供〇人と習いごと管理手帳!をママさん向けに発売したら売れるだろうか?
もうあったら失礼しました。だが、その手帳にはちゃっかり病院シールを多めに入れておこう。

パソコンやスマートフォンがどんなに普及しても、
予定は手で書きたいので、私は断然手帳派である。
就職してから毎年何らかの手帳を使っている。
胸ポケットに入ってすぐ書ける、製薬会社さんが配ってくれた手帳を使ったのは研修医のころ。
それからかっこいい手帳を探し、システム手帳を使っていたのが10年目くらいまで。
そこから紆余曲折を経て、まず大きさはA5のノート型に固定され、
週間だとそこを埋めるだけの予定がないので月間タイプに落ち着いてきた。
ここ数年は同じメーカーの手帳を使っている。

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2021年は青色です。
このメーカーの最大の特徴はメモ部分が方眼で160ページあること。
講習会での筆記メモに、何かを思いついたときに忘れないメモに、
水泳の練習内容なんかも雑多に書いても大容量160ページ。
そして何より、頭の中の文章を紙に落とし、次にパソコンに書く、
というブログの構成作業に方眼がとても有用なのです。

この時期、まだおろしていない次の年の手帳を見ていると、
以前のブログで紹介した「初暦 知らぬ月日は 美しく」の句が浮かんできていた。
今年の手帳を眺めていた去年の今は”こんな年”になるとは思わなかった。
でも、”こんな年”だったからこそ、今年は”知った月日も美しく”思える。

2020.11.03 / Top↑
ケーキを食べる。軽いランニング。酒を飲む。ショッピング。恋人とのハグ。
これらに共通することは何でしょう?
答えは脳内物質ドーパミン産生されるです。
ドーパミンについては以前のブログでなんだかんだと書いていますが、
最近依存症についての本を読んだでのあれこれ考えてみました。
本を読むきっかけになったのは、やめられない行動(=耳を掻く)のせいで
外耳炎を繰り返す患者さんがいたからです。
かゆみを感じ掻くと気持ちよくなってドーパミンが出るのでしょうか?
まあ病院に通う羽目にはなるけれど、社会的な罰を与えられたり、
家庭が崩壊することはないでしょう。

有酸素運動でもドーパミンは産生され、ランナーズハイという言葉もあります。
私も、マラソンでは無いですが、大学生の頃に小学生以来で泳いだ時に
「気持ちいい~、ずっと泳ぎ続けられるわ」という無敵感を味わいました。
その感覚を求め水泳を始め、仕事のために中断した時期はありましたが、
50歳に至るまで続けています。
水泳をやったからと言って、母親が「もうやめてよ」と泣くわけでもなく、
医師免許が取り上げられるわけでもありませんが。
けれど、そうやって何かにのめりこむ感覚がわかるから、
自分の周りに違法薬物がなくて本当によかったと、昨今のニュースを見て思いました。
依存症は習慣であり、習慣になるかどうかは身近にあるかどうかがきっかけだと思うからです。
ドーパミンから影響を受ける依存症の深刻さは、例えば麻薬は非常に深刻で
ランナーズ(水泳)ハイは軽く、
アルコールやギャンブルは人によっては中くらいより深刻という具合に
分けられるとは思いますが、ドーパミン産生の同じベクトルです。
だとすればみんな依存症になるリスクってあるのかもしれません。
SNSやスマホ操作だって。。。用心、用心。
富山の田舎で大人になるまで過ごし、好きな音楽も中島みゆきやミスチルだったせいで、
クラブミュージックで踊ることもなかったから、助かった面がある気がします。

そんなふうに考えると、耳かき依存症の人は耳かきの道具を一切捨てたらどうでしょうか?


2019.11.17 / Top↑
この2週間は”こんにちわ”の代わりに”ララポート行った?”があいさつだったでしょうか。
私も先週の水曜日に映画を見るために行ってきました。
映画館のある3階から10時前に入るともう映画館の前入り口に列ができており、
「やはりジョーカーは人気がある映画なのか、もっと早く来るべきだった」と思っていたら
飯田商店の列でした。その時点でラーメンは60分待ち。映画は誰も待っていませんでした。
紛らわしいぃ。

ジョーカーがなぜ悪となりバットマンの敵になったか、が描かれている映画で
本国アメリカでは観客動員数がとても多いそうです。
映画を通じて私が考えさせられたのは”孤独について”です。

原始時代の人間は集団で生活してた方が生存率が上がったため、
人といることを喜び、ひとりになると不安になるように人間は設計されています。
ひとりになることを好む原始人は子孫が代々残っていく可能性が少ないため、
進化の中で人間とは関わりあいを好む動物になっていったはずです。
現代人の中に”対人不安”が多いのはそれ(対人)がすなわち大事だからでしょう。
失恋すると心が痛むといいますが、拒絶されて血流が増える脳の部位は、
身体的な痛みの箇所でもあるので、あながち間違ってはいないようです。
一時の孤独感は対人関係を改め、行いを反省するきっかけにもなる。
そのことは将来に有益ですが、長期の孤独感は体をじっくりとむしばみます。
運動しない、食事もお粗末、悲観的な考えばかりになり、
ストレスを感じやすくなり、眠りの質も悪くなる。という具合に。

 アメリカ人は20%が孤独感を抱え、不幸の大きな原因になっているという。
ただこれは実際に一人でいることではなく、独りだと思っているという本人の思いこみ次第だという。
私のは母は父が死んで一人で暮らしてはいるが、運転がまだできるので地域から頼りにされている。
趣味の陶芸作品を人に配ったり、町内のお祭りで安価で売ったり、時々ドライブにも行っているようだ。
多分孤独とは思っていないだろう。勇気がないので面と向かっては聞けないが。
 何かの本で幸せのインフラについて書かれていて、生活に必要な電気・ガス・水道みたいに
1.家族、友人などの関係
2.働いて金を稼ぐ社会とのかかわり
3.金融資産
3つのうち2つあれば結構幸せで、1つでもあれば何とかやっていける。
ってな内容を読みました。
映画の主人公アーサーはコメディアンを夢みて、おんぼろアパートに母と二人暮らしです。
3の金融資産はないけれど、一応ピエロとしての仕事はあるし、家に帰れば母親がいるので、
1と2は持っている設定。話が進むにつれ、2(仕事)を失い、1も消えてしまいました。
心を病んでカウンセリングに行っているから、孤独感をある程度感じていたと思うけど、
1(映画では母親)を失ってから、独りであってかつ一人。
他人から見ても孤独になり、幸せのインフラがなくなってしまったので、
アーサーからジョーカーが生まれたように思えました。

色々な人がこの映画を評価しているけれど、私はそんな気にはなれませんでした。
アーサーの不幸に感情的に共感することができませんでした。
「自分が不幸だから、他人を不幸にしていいわけがない」とジョーカーに言って
撃ち殺されたデニーロと同じ感覚かも。
2019.10.20 / Top↑
昨年、スタッフが結婚式のウエディングドレスを選ぶのに時間がかかったと言っていたので、
「人は6つぐらいの中から選ぶのが”ちょうどいい”らしいよ」と
どこかで聞きかじったことで答えてみた。
この会話の元になった「選ぶ数が多すぎると、人はかえって選べない」ということ実験した
シーナ・アイエンガーの著書「選択の科学」を読んだ。
「たった6つじゃな~」というスタッフの反応のとおり、
人は選べないことや、選ぶことに規制がかかると不満を感じるという。
自分で自分の選択をコントロールしている感が満足度に重要らしい。

ここで、著者の名前を高めた”ジャムの実験”について説明しよう。
スーパーで24種類のジャムの試食と、6種類のジャムの試食を比べた。
試食に立ち寄った人は24種類の方が多かったのだが、
実際にジャムを買った人は6種類の試食をした人たちだったのだ。
圧倒的な品ぞろえは、店に客を集めるには効果があったが、
お金を落とす客となると別という結果だった。
多すぎる選択肢は「本当に自分は良い選択をしたのだろうか?」と
後悔の念を起こさせるから、かえって”選べない”気持ちになるのだろう。

ジャムを選ぶことなら失敗しても良いけど、人生で重大な選択ならどうなのだろう?
幸い、重大な選択は24種類もないけれど、どっちを選んでも満足いく結果にならないときもある。
例えば末期がんの家族の治療を続けるのか?やめるのか?もしかしたら子供の人工呼吸器は?
こういうとき、人は自分が選択したこと自体を後悔するらしい。
家族の生死を自分が決めたという良心の呵責に苛まれる。
選択をする自由を侵されたくない権利のように思っているからこそ、
つらい選択をするときには葛藤が生じるのだろう。

人生は選択の連続。選択はその不確実で矛盾に満ちた結果も受け入れること。
原題は「The Art of Choosing」目の見えない著者によれば「選択は芸術」なのだ。










2019.05.06 / Top↑