FC2ブログ
仕事が終わり我が家に帰った時、
ソファーに脱いだ服がぐちゃぐちゃに散らかっていて。
という状況を考えてみましょう。
家の工事をする場合、出費できる予算と工事の見積もりを比べるように、
体は無意識に“今の自分のエネルギー”と“洋服を片付ける行為に要るエネルギー”を見積り、
気分を生み出し行動する。と著者はいう。
だからあんまり疲れていない場合は洋服をハンガーにかけたり畳んだりして片付けるし、
へとへとで帰ったときは、自分が座れる分のスペースだけ服をよけるくらいしか動けないのかもしれません。
つまり、今のエネルギー>片付けエネルギー⇒片付ける
今のエネルギー<片付けエネルギー⇒片付けない
だからこの本では「片付けられないからと言って罪悪感を覚える必要などない」と断言しています。
心が軽くなったでしょうか?
私はこういう考えに触れることでとても心が軽くなります(えへっ)。
身(心?)体予算説とも言えるこういう考えを知ると、
例えばある種のめまい患者さんは体の経営が破綻している状況かな、
と診察していて思うことが多いです。
日常のやるべきことがエネルギーを上回って、
エネルギーを蓄えようにも睡眠時間を削って、
気分が落ち込んでいるけどやらなきゃならないことは減らないし。。。
で、ついに体のあちこちから借りていたエネルギーがどこにも借りられなくなり、
体が強引にエネルギーを蓄えさせる。
つまり強制的に動けなくする状態がある種の“めまい”なのではないかと考えます。

では本から気分に影響する(予算を上げ下げする)ことをいくつかあげます。
まず運動。運動はエネルギーを消耗させるイメージがあるがそうでもないらしい。
早歩き10分は1時間ほどのエネルギーの向上をもたらす。という
10分ではないが、1500mくらい=40~50分分ほど泳いだ後はやる気がみなぎることが私自身も多い、
実はブログを書くときはこの泳いだ後時間を利用している。
次に甘いもの。気分が上げるために、甘いものを食べる人は多いと思う。
直後はもちろんエネルギーは上がるが、1時間後くらいには上がった以上に下がり、
また甘いものに気持ちを向かわせたりする。ダイエットの天敵ですな。
また、砂糖を抜いた食事はうつ感情を低下させる効果があるという。
まぁ、あまりに糖質を抜きすぎるとかえってうつになるという話もあるので、低糖質はほどほどに。
睡眠。やることがあれば、睡眠を削ることで対応する人が多いが睡眠は気分を支える重要な因子です。
短い睡眠でいい人は10%ほどで大体の成人は7時間の睡眠が必要だという。
私の睡眠時間は8時間で一般より少し長めですが、
8時間寝ることで起きているときのエネルギーを正常に維持していると感じています。
睡眠については子供のも含めて、いつかブログに睡眠のネタだけで書きたいと思っています。
カフェイン。アルコール。ともにエネルギーを一時は増大させる。
ただ、カフェインは緊張を伴い、“やるぞ!”という気にさせるのに対して、
アルコールは緊張を緩和し“もうどうでもいいわ”という気にさせるそうです。
まあ、お酒飲むと大体まあ、いいっか”ってなりますよね。
タバコも気分に影響を与えます。
それは覚醒させることで、緊張を和らげる効果があるからですが、
ニコチンの作用は短時間なのですぐに戻ってしまいます。
私は煙草を吸わないのですが、煙草をついつい吸ってしまう人はこの頭をすっきりさせ、
緊張をほぐす作用を依存的に求めているんでしょう。
気分に影響を与えることと、その影響の内容をまとめました。
予想より長くなったので気分調節については次回にします。

IMG_3105.jpg 
毎朝のカフェオレ。ドリップコーヒーなのでカフェイン量は1杯120㎎ほど。
今日(1月17日)は救急当番なので、
カフェインの覚醒・やるぞ!効果を利用して救急を乗り切りましょう。







スポンサーサイト



2021.01.17 / Top↑
年末年始にゆっくりと休めたことで”気分よく”過ごされている方も多いだろう。
また正月休みが終わり、仕事が始まったので”気分が下がった”方もおられただろう。
新しい年になって”気分”が新たになった”私ですが、
この休みに”気分”って何だろう?か?という本を読んで考えてみました。
気分は英語ではmood=ムード、ムード歌謡のムードですね。

”気分”とは?何?と考えたときにまず思いつくのは、
周りで起こった出来事や情報に対しての反応だ!じゃないでしょうか?
成功すれば”気分良い”、嫌なことされたから”気分が悪い”などなど。。。
けれど気分を学問として研究しているロバート・E・セイラーは、
気分は“体と心、両者が合わさった状態のどこにいるかの目印”だという。
つまり体のエネルギーと心の緊張の様々な組み合わせが気分を作るのだという。
ではエネルギーに影響を与えるものはなんだろうか?
すぐに思いつく、そもそもの”健康状態“、”睡眠“、”食事“、”運動“などの他に、
1日のうちのどの”時刻“か、ということも大きい要素であるという。
一般に、朝型の人は起床してから正午付近までにエネルギーが上がりピークを作り、
夕方にかけて下がっていく、夜にかけて少し上がり再びピークを作って、後は就寝まで下がっていく。
というパターンで、個人差はあるけれど、各人のサイクルは固定されているそうです。
本題と外れますが、内向的な人はしっかりとした朝型パターンを示すことが多く、
外向的な人は一日の遅い時間にエネルギーのピークを迎える傾向にあるそうです。
私?典型的な朝型=内向的ですね。
次に緊張に対しては起こった”出来事に対する思考”が特に影響を及ぼすという。
この“思考”というのがくせ者で、緊張を介して気分に影響するし、
気分が良いと“プラス思考”、気分が悪いと“マイナス思考”と変化する。
イメージとして、”気分”と”思考”は作用しあっている関係ですね。

「毎日気分よく過ごすために」というセイヤー先生の本を、正月気分で読んでいた私ですが、
”起った出来事”という外からの原因だけじゃなくて、
”健康”・”睡眠”・”食事”・”運動”・”時刻”という内的なものも原因なんだよ。という考えは
気分が落ち込みがちな(面もある)私にとっては、心が軽くなる考え方だったので、
ブログで紹介したい!と思ったのでした。
次回は気分に影響を与えるものや、気分の効果的な調節方法について紹介したいと思います。


さて、報告を。
2月の上旬をめどにホームページを新しくするので、
ブログはホームページに引っ越すことになります。
しかし、、、ブログ書くより書かないほうが
ブログランキングが上がるのはなんでだろう?





2021.01.10 / Top↑
 書店に立ち寄った時に
「いつもと違う本選びからセレンディピティを!未来への気づきをもたらす80冊」
(セレンディピティ:偶然に素敵なものを見つけること)
という文句にひかれて、そのコーナーに近づいてみた。並べられている80冊の中に
「コミュニケーションが取れないゾンビ=他者と働くには」
の手書きポップとともに「大学で学ぶゾンビ学」という題の本があった。
このブログでもゾンビについては今まで書かせてもらっているが、
ゾンビを学んだとは言えない私がゾンビについて書くなんて恥じ入るべきだ。
これは読者に失礼ではないか!ということで、ゾンビを学ぼうと購入した。

そもそもゾンビとはプードゥ教の呪術によって生き返った死体のことを言うそうだ。
しかし、一般的には青白い顔で血を流し、体を斜め気味に足を引きずるように歩き、
生きている人間を見つけて噛みつくイメージだが、
このイメージを映画で確立した人物こそ、ゾンビ映画の父といわれるジョージ・A・ロメロ。
この父をもってイメージとして現在につながるゾンビが誕生した(死んでるけど)。
そして、ここからいろんなゾンビが派生してくる。
日本でも最近は「アイアムア・ヒーロー」「カメラを止めるな」。
オーストラリアの誇るアクション映画「マッドマックス」になぞらえた
「ゾンビマックス・怒りのデスゾンビ」。
ギリシャもフランスもスペイン(「REC」)も、ご当地ゾンビ映画を製作している。
また、ゾンビ発生の場所を限定し、
その世界観を強調させた「新感染」(列車の中)「ゾンビスクール」(学校)。
「ゾンビスクール」は学校の生徒たちがゾンビ化し、先生達が戦う。
主演はイライジャ・ウッド。(ロードオブザリングの人)目下私が一番見たい映画です。
さらに、人だけがゾンビになるわけではなく、
動物ゾンビものの「ゾンビーバー」「ゾンビシャーク」
ズー(動物園)とゾンビをかけた「ズーンビ」。
映画の題だけ見てもワクワクしませんか?
ちなみに「ゾンビーバー」の中でのゾンビ化とは
ビーバーのように前歯が伸びてしまうことで、
ある意味ゾンビになるよりショックな変化かもしれません。
ゾンビが襲ってくる。という究極の状況を設定することで、
人間の強さ、あるいはもろさ、美しさや汚ささえも十二分に描けるのかもしれません。
「レック/REC3」は結婚式場がゾンビ襲来を受ける設定で、究極の愛を描いています。

さて、前置きが長くなりましたが「鬼滅の刃 無限列車編」を見に行ってきました。
鬼滅の刃はゾンビ系と重なる点が多くあります。
まず、価値観の違う生き物(鬼滅では鬼)が人間を襲うところ。
鬼が人間を襲い、鬼の価値観を押し付け鬼化させる。という文章を
ゾンビが人間を襲い、ゾンビ化して、まだまともな人間を襲う。
とすれば、一緒じゃありませんか?
鬼の始祖を倒すと鬼が全滅する。
産屋敷さんも「君が死ねばすべての鬼が滅ぶんだろう?」と16巻で言っているが
ゾンビ映画でもファーストゾンビを探す、
そこから抗ゾンビ薬を作る設定が多々あります。
また、ねず子の半分鬼、半分人間という存在は、
ゾンビにかまれても半分くらいしかゾンビにならない
ハーフというかダブルというかゾンビ映画でのキーパーソンの存在と通じるものがあるし、
日輪刀で首を切ると死ぬ設定は、頭を吹っ飛ばすとゾンビが死ぬことと似ているし、
鬼になると今までの人間関係を忘れてしまうところはゾンビも同じです。
そして最後に、正義感、責任感が強く、純でみんなのリーダー的役のひと、
例えば、アメフト部のキャプテン的な人は
ゾンビ映画(ホラー映画でも)最初に襲われ死ぬ。。。これは鉄則なのです!
煉獄さんが死ぬのは必然なのかも。。。
IMG_3033.jpg   

いただいた日輪刀、耳飾り、煉獄零巻をもって見てきました。


2020.11.15 / Top↑
極楽湯でぽわぁ~とした後、やよい軒でチキン南蛮を食べる。
タルタルソースがたっぷりかかったチキン南蛮をハイボールで流し込めば至福の瞬間だ。
私はこれを極楽コースと呼んでいる。
けれど美味しいものを食べることなどは幸せの要因なのだろうか?
またお金は要因としてどうだろう?
今月の初めユニセフは子供の幸福度調査を発表した。
それによると日本の子供の身体的健康(子供の死亡率と肥満が指標)は1位でありながら、
精神的幸福度(生活の満足度と自殺率が指標)は38ヶ国中37位、
総合すると38ヵ国中20位、という結果だった。
この結果からもわかるように先進国で購買力が高いからといって、
幸福度が高いわけでもない。
鬼滅の刃11巻でも禰豆子(ねずこ)は炭治郎に尋ねる。
「謝らないでお兄ちゃん。貧しかったら不幸なの?
きれいな着物が切れなかったらかわいそうなの?」
炭治郎の代わりに、アメリカの心理学者なら
「お金で幸せは買えません。けれどある程度までは収入が上がると幸福度も上がります。
我々の研究では年収8~10万ドルがある程度です。竈(かまど)家はどうでしょうか?」
と答えるだろう。幸せの要因についての研究からの意見だ。
どうやら幸せと興奮は別けて考えたほうが良いらしい。興奮を追いすぎると不幸が始まる。
チキン南蛮がたとえ490円でも、生まれたばかりの赤ちゃんに指をぎゅっと握られた時の
あの頭の中が甘く溶けそうになる感覚にはかなわないものなぁ。
たとえこの赤ちゃんの行動は原始反射であって、握れるものなら何でも握ると知っていてもね。




2020.09.23 / Top↑
強制収容所から解放されて自由になる。十分な栄養と睡眠が得られる生活。徐々に日常に戻っていく過程でその中に潜む、むしろ収容所生活そのものよりも深刻なことを、わずか11ページで3章は説明している。
解放直後は喜びをなかなか実感できず、“うれしい”をもう一度学びなおす必要があった。おとぎ話の世界なら、「そして解放された後、人々は幸せに暮らしましたとさ」となるが、現実はそうはいかない。
長い期間抑圧された者の心理状態がどうなるか?著者は潜水病に例えている。潜水していたものが急に浮き上がると病気になるように。人間の精神も急に解放されると病むという。
わかりやすい病み方は権力・暴力という今まで自分がされていたことを、今度は権力・暴力を使える側に廻るということだった。3章の中に、著者が麦畑に新芽が出ているのに気づき、そこを踏まないようにしようと仲間に言うと「女房子供を殺された俺の立場はどうなるんだ。こんな小さい芽を踏むのもだめなのか!」と怒鳴られた経験が書かれてある。いかに多くの損害を受けたものでも、損害を与えてよいことにはならない。

 心はある程度の重荷を含めてバランスをとっているのかもしれない。重荷がなくなるとかえってバランスを崩す。学校行くのめんどくさいと思っていたような子でも、2か月も学校に行かない状態を健全とは思っていないだろう。学校に行くというある種の重荷が子供の生活を健全にしていたと考えられないだろうか。
残念ながらまだこの時点(5/6)では自粛解除になっていないので、解放後の自分の心理と3章をリンクすることができないでいるが、「我慢していたんだから、羽目を外そう!」とだけは思わないようにするつもりだ。自粛は解除になっても、コロナ感染の可能性のある患者さんを診察し、コロナ感染以外の患者さんを感染させないようにし、スタッフも自分も感染しないようにする私の仕事は解除になっていない。
 
 そして本当の苦悩はここから始まる。解放された人が元の場所に戻ったからと言ってすべてが元通りなわけではない。苦しんだことを帳消しにする、幸せになるシステムなどなかった。
家族も失われていたし、自分の体験を聞いて欲しく友人を訪ねても「何も知らなかったんだ」「私たちも苦しんだんだ」という反応に不満や失望が深まる。収容所の方がいつか解放されるかもという“希望”があった。なのに実際に戻ってきてみると“失望”だけ。苦悩のどん底だと思っていたのに、実は苦悩は底なし沼でもっともっと落ちていくんだという絶望感。これを乗り越えることが、多くの解放された収容者にとって最も困難だったとあった。
収容所を生きのびたのに、解放された後、自殺した元収容者も多かったのだろう。不幸な状況でも幸せになる可能性がある方が、“幸せではない”という状況より幸せだという現実は、戦争だけでなく日常にだってある。
これを乗り越えるに何が必要か?漠然とだが、“感謝”と“謙虚さ”を意識することではないか?と思っている。アフターコロナはこれを実践する日々になるのだろう。いや、強制収容所ではたいていの人が、今に自分の真価を発揮できる時が来ると信じていた。しかし人の真価は収容所を生きのびることで発揮されていた。この事実を思うと、まさに今、コロナの中にあってこそ”感謝”と”謙虚さ”を実践しなければ、と思っている。




2020.05.06 / Top↑