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もうすぐ住み慣れたアパートを引き払って次の場所へ行く事になりました。

そして今月は私だけではなく、患者さんから引っ越すことをよく告げられました。

東京にお隣の神奈川、愛知、県内もあれば、遠くは北海道に移って行かれる方も。

そんな皆さんに伝えたいのですが、

幼い子の成長にほんの少しでも参加させてもらえたこと、

何かしら健康に関与できたことに私もスタッフもとても感謝しています。

ありがとうございました。

そんなこんなで今週は人生で9回目となる引っ越しの準備に入りました。

いつか使うかも!でとっておいた試供品の化粧品の数に驚くのは毎回で、

最近3回の引っ越しでも開かずの段ボールとなっていた荷物は、

タイムカプセルに昇格しその中から手紙や本、探していたCDなどを吐き出しては

私の作業の邪魔をしてくれています。遅々として進みません。

「引っ越し」は「配偶者の死」の半分くらいのストレスらしいけど、

それはリセットではなく、思い出が長く影を引いて今に至る自分を確認させてくれる作業です。

fujisakura15.jpg 
来週は桜の満開も過ぎているのでしょうか?

ということで(?)ブログは引っ越しのためお休みさせていただきます。


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2015.03.29 / Top↑
今日は耳鼻科救急でした。開業すると休日救急が年間3回担当になるだけですが、

勤務医の頃は月数回の当直をやっていました。

大学病院みたいなところは、耳鼻科の救急だけ診ればよかったのですが、

総合病院だとそうもいかず、お腹が痛い、胸が苦しい、意識障害。。。なども

診なければならないことが当時は多かったです。

榛原総合病院で働いていた頃、秋ぐらいだったか?私は外科の当直でした。

内科の当直は循環器の先生。17時からの当直はゆっくりと始まって。。。

21時頃には私には呼吸困難の女性。内科の先生には心筋梗塞の患者さん。

私はやれ、挿管だ!内科の先生は静岡市立に搬送だ!。

その直後に別の意識障害の患者さんそして蘇生しているうちに心停止。

私がそんな間に内科の先生は心筋梗塞2人目。そんなこんなしているうちに私は呼吸停止の患者さん。

そして死亡確認、その患者さんについての警察の事情徴収。。。内科の先生を見ると3人目の心筋梗塞。。。

その日は満月だったのか?新月だったのか?定かではありませんが、”神が選んだ日”ではあったようで。

循環器内科の看護婦さんに聞いたら「0時までの勤務の私が、朝の8時の日勤さんの姿を見て泣いたよ」

と話してくれたので特別な夜だったのでしょう。

さて、警察の事情徴収が終わり時刻は朝5時。そこへ救急に鼻出血の患者さんが運ばれた。

暗い中、船を出向させ、岩に当たった拍子で船の中の金属に鼻が当たって、出血が止まらないと。

それまで一睡もせず、極度の緊張を強いられていた私は、自分の科の患者さんに安心したのか、

「今の私は、疲弊して判断力も鈍り、あなたの鼻血を止められません。

2時間寝かせてくれたら、必ず止めますから、このまま入院してください」と言った。

その患者さんは60~70代の男性でしたが「はい。わかりました。先生が起きるまで待っています」

と、そのまま素直に入院してくださいました。

もちろん、2時間後にはちゃんと止血しましたけど、今の時代なら問題発言だったかも!?

と午後から暇な、今日みたいな休日当番で思い出しました。




2015.03.22 / Top↑
英語で「14 March」としようが、イタリア語で「il 14 marzo」としようが、「3月14日」と書けば、

富山県民ならそれが北陸新幹線開業の日であることは、説明の要もないくらいの常識になっている。

富山史でも屈指の劇的な一日、ということだ。

すいません、塩野七生さん。”ローマ人の物語”第Ⅴ巻、”3月15日”の章の冒頭をパクりました。

ローマ人の物語で前半の主役カエサル(英語よみではシーザー)が暗殺された3月15日についての

この文章を、新幹線開業の日の表現として、塩野七生さんへのリスペクトを込めて”本歌取り”させていただきました。

そして写真は患者さんから頂いた、開業記念バッチです。

これが、北陸新幹線をデザインしていると気が付いたとき、ちょっと言葉に詰まってしまって、

十分なお礼を言えませんでした。お母様がブログを読んでらっしゃるとのことなので、

この場を借りてお礼を言わせていただきます。

「おばちゃんをこんなに喜ばせるなんて、末恐ろしいモテ男君になることでしょう。ありがとうございました」

新幹線バッヂ

さて、私が初めて”北陸新幹線”の文字を見たのは小学校の社会科の教科書で、

「北陸新幹線の着工が待たれる」という一文が載っていた。時代は1970年代。

1980年代に入るとお隣の新潟県に上越新幹線が開業し、

中学生になった私も大人になったら北陸新幹線で上京するものだとぼんやり考えていた。

田中角栄がロッキード事件で失脚し、地元への利益誘導に批判が高まると、なんとなくトーンダウン。

飛行機の値段も下がり東京から1時間で来られるようになると、新幹線?必要?という意見も。

そして20年前の阪神淡路大震災で壊れた山陽新幹線を、数か月で不通を解消したニュースは

必要とされていない事業の悲哀を感じさせてくれたっけ。

社会科の教科書で見た日から36年。10歳の小学生が、おばちゃんに至るたっぷりとした時間を思い出しながら

朝の開業ニュースを見ていると、いくつもいくつもの見慣れた景色と新幹線がTVから映し出されていてーーー

どうやら三月十四日の花粉は特別目に染みるらしい。青と金色の車体が歪んで見えた。
2015.03.15 / Top↑
月並みな表現をすれば”最近はまっている”ものとして「アドラー心理学」があります。

本屋に行くたびにベストセラーコーナーに並んでいる「嫌われる勇気」という本を

ついに気になって、立ち読みしたことがきっかけです。

よく知られている心理学では原因が先と考え、「イジめられた過去があるから。引きこもりになった」

なのだけど、アドラー心理学では目的が先という考えするそうな。

つまり「引きこもりたいから、昔のイジメられたという記憶をちょうどいいので探し出した」

「気分が落ち込んで何もしたくなくなった」は

「何もしたくないので、気分が落ち込んでいるという感情を作った」と考えます。

私にはこの考えに天動説から地動説に変わるほどの衝撃を受けました。

”引きこもる”ことや”何もしたくなくなる”ことは目的にはならない、

一般的には望まない状態だと思っていましたが、そういう状態になることで

例えば親から目をかけてもらえ、他人から大事にされ、

何もしないことで、何かをしたときの評価を受けずに済む可能性の中で生きられる。

不幸であることによって「特別」であろうとし、不幸であるという一点において、

人の上に立てる。ということらしい。

今日の私に当てはめると「花粉症で毎日、毎日忙しい。だからごろごろしていたい」だったけど、

アドラー先生のカウンセリングを受けたなら

「ごろごろしていたいから、花粉症の忙しさを利用している」ということか。。。

アドラー先生は精神科医だけど、この時期の耳鼻科医の代診に来てみて欲しい気もする。

 週末は勤続約40年、市立病院時代にお世話になった看護師さんの定年祝いに焼津へ。

焼津は沼津に比べて花粉の数が2倍の極悪地域なのに薬を忘れた!と着いてから気が付いた。

宿泊の予定だから明日の薬がない!とヤク切れ患者の如くドラックストアに飛び込んだ。

アレジオン

花粉症の薬を購入すると「この薬は即効力は無いので、効かなくてもあきらめず

12日分ですが、毎日飲むことが大事です。そもそも今年は花粉の量が。。。」

。。。ストアの薬剤師さんはこの時期の私の診察より詳しくお話ししてくださって、

私は穴を掘って入りたい気持ちになった。。。う~ん、でも1980円は悔しい出費。


2015.03.08 / Top↑
4年前の2月から始めたブログは今回で218回になりました。

まあ、こんなに続くとは私自身も思っていなかったというのが本音です。

コメントをいただいたり、「ブログ読んでます!」って皆さんから声をかけていただいたので、

何とか続けられたのだと思います。ありがとうございます。

今ではこのブログを書く時間は大いなる喜びであり、ネタの無いときは多大な苦痛でもあり

いっぱしの作家気取りで締切に追われた気分になってみたりと私の日常に彩を与えてくれています。

読み返して”やっぱ好きだな~”と自己愛充満のお恥ずかしい回もあるのですが、

そんなときに限って拍手が少ないし、絞って絞って書いた義務感満載の回には

拍手が案外多かったりするので、病院をたたんで作家になることはこの4年で諦めました。

さて、私にとって先月とは昨年のブログにも書いたように”ホイットニー追悼月”であります。

誰が決めた?という世迷言には一切耳を傾けず、先月もきっちり追悼カラオケを開催しました。

そんな私が選曲したのは「I will always love you」。

ホイットニーが主演した映画「ボディガード」で有名になった曲として一般には知られている。

「デビューの頃から好きなんだよねぇ~。だって”I will~はカバー曲だしぃ~」と

スターバックスのカップチーノを飲みながら語っていそうな20代の私は絶対選曲しなかった。

body guard

加えて思い出を挙げるなら、一足先に医者になった先輩(男)が友人の結婚式の帰りに、

「学生時代にジャズだなんだって語ってきたのにさ、披露宴の入場は

♪エンダ~イ、アイ♪(I will~のサビの部分)だぜ、俺は奴も変わったと泣けたよ」と

文化的に落ちた象徴のように語られていたエピソードが選曲させなかった理由かもしれない。

話はそれるが、この曲は世界のあちこちで歌姫が発掘される時に歌われていることが多い。

ショパンコンクールならぬディーバコンクールがあるとすれば課題曲なのだろう。

この曲をホイットーニーとどれだけの差があるかで審査員は歌姫度を測っているのだ。

ということは”絶対音感”ならぬ”絶対歌姫”といえる。ホイットニーは。

私は追悼カラオケで”I will always love you"をその日に限って選曲してしまった。

今まで、選曲したことがないから知らなかったのだが、

”ご本人映像”だったのだ。

この歌を在りしの日のホイットニーが歌ってる。大観衆の中で喝采を受けて(歌声は私だけど)。

お得意の”I wil always love you"の”you”の部分ではみんなに指をさしている(あくまでも歌は私)。

画面を見つめているとホイットニーに♪I wil always love you~♪と歌いかけている気になってしまって、

 
もうまともに歌えなくなってしまった。。。

今まで選んだことがないこの曲のボタンを押させ、元気な頃の姿を私に見せてくれたのは、

やぱりホイットニーの仕業なんだよなぁ。。。


2015.03.01 / Top↑