FC2ブログ
ブログは沈黙気味の5月でしたが、気候も良くドライブに行こう!
ということで河津町に行ってきました。
伊豆の中でも河津町に決めた理由は、桜では無くバラが見たかったから。
天城を越え、ループ橋を渡ると見ごろ宣言がだされた”バガデル公園”

IMG_2459.jpg 
平日なので空いているかと思いきや、バラ好きの人たちでにぎわっていました。
広い庭園内には皇室王室の名前のバラのコーナーがありました。

IMG_2457.jpg 
皇后さまと同じ”マサコ”という名前のバラ。2つ横は”プリンセスミチコ”のバラも。

さて、私には珍しくドライブなんかして楽しんだので実家の母親に電話をすると
「もしもし」よりも先に「今日の朝乃山どうだった?」
どうだった?と聞かれても、生まれて50年、母親と相撲の勝敗の話になったことがなく。。。
どうやら富山は朝乃山の快進撃で大変なことになっているらしい。
友達にメールしたら「もちろんトップニュースだよ」
まあ、103年ぶりの県出身力士の優勝なので、県民のお祭り騒ぎは許してください。
朝乃山の育ったところは呉羽という市街地から少し離れた住宅地。
当時勤めていた病院にも近く、私がまだ半人前の頃に住んでいたところでもあります。
5月の暑くも寒くもない天気には呉羽山まで、散歩に行ったっけ。
この呉羽山に連なる丘陵は梨の名産地です。
今年は特別甘いかも!







スポンサーサイト



2019.05.26 / Top↑
”初春の令月にして、気淑く風和らぎ~”
新しい元号の出典は万葉集からです。と、いうことは。。。
何となく、うすうす「なんかやっているだろうな~」と思いつつ高岡に帰ると。

IMG_2433.jpg 
やっぱり~
私の出身地高岡は、万葉集を編纂した”大伴家持”が今で言う県知事として赴任したことから、
万葉のふるさと、として万葉集に親しんでいます。(過去のブログ
先日、令和とゆかりのある土地ということで、高岡が紹介されていました。
国庁があった伏木には万葉歴史館があります。
「高岡の人に万葉集の句を何か言ってください」という、
インタビューをしていました。実は私も一句くらいなら歌えます。
”朝床に 聞けばはるけし 射水河(いみずがわ)朝漕ぎしつつ 唄う舟人”

IMG_0994.jpg 川にかかる歌碑。

私の出た小学校の校歌のでだしが♪遠きみおやも朝漕ぎの、歌聞かしけむ射水河♪で、
この歌からとられたものです。GWは混雑していた万葉歴史館ですが、
令和も落ち着くと、混雑していないと思うので寄ってみようかしら。

2019.05.12 / Top↑
昨年、スタッフが結婚式のウエディングドレスを選ぶのに時間がかかったと言っていたので、
「人は6つぐらいの中から選ぶのが”ちょうどいい”らしいよ」と
どこかで聞きかじったことで答えてみた。
この会話の元になった「選ぶ数が多すぎると、人はかえって選べない」ということ実験した
シーナ・アイエンガーの著書「選択の科学」を読んだ。
「たった6つじゃな~」というスタッフの反応のとおり、
人は選べないことや、選ぶことに規制がかかると不満を感じるという。
自分で自分の選択をコントロールしている感が満足度に重要らしい。

ここで、著者の名前を高めた”ジャムの実験”について説明しよう。
スーパーで24種類のジャムの試食と、6種類のジャムの試食を比べた。
試食に立ち寄った人は24種類の方が多かったのだが、
実際にジャムを買った人は6種類の試食をした人たちだったのだ。
圧倒的な品ぞろえは、店に客を集めるには効果があったが、
お金を落とす客となると別という結果だった。
多すぎる選択肢は「本当に自分は良い選択をしたのだろうか?」と
後悔の念を起こさせるから、かえって”選べない”気持ちになるのだろう。

ジャムを選ぶことなら失敗しても良いけど、人生で重大な選択ならどうなのだろう?
幸い、重大な選択は24種類もないけれど、どっちを選んでも満足いく結果にならないときもある。
例えば末期がんの家族の治療を続けるのか?やめるのか?もしかしたら子供の人工呼吸器は?
こういうとき、人は自分が選択したこと自体を後悔するらしい。
家族の生死を自分が決めたという良心の呵責に苛まれる。
選択をする自由を侵されたくない権利のように思っているからこそ、
つらい選択をするときには葛藤が生じるのだろう。

人生は選択の連続。選択はその不確実で矛盾に満ちた結果も受け入れること。
原題は「The Art of Choosing」目の見えない著者によれば「選択は芸術」なのだ。










2019.05.06 / Top↑