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久しぶりに「夜と霧」を読んだ。
この本の原題は「ある心理学者の強制収容所体験」であり、精神科医である著者のアウシュビッツでの強制収容所体験から得た人生への提言書である。コロナによる自粛生活と強制収容所生活は似たところがあるのでは?と本棚からとりだしたのだった。もちろん収容所での強制労働、飢餓、おまけに家族を失った著者と私は比べものにならないのだけど。
おおまかな内容は収容された初期、収容生活そのもの、解放後の3つ時期の心理状態に1章ずつさかれている。


他のユダヤ人と貨物列車にぎゅうぎゅう詰めにされて、ガス室があることで名高いアウシュビッツに移送された現実。家族と別れて強制労働かガス室かの命の選別に始まり、財産の没収(著者の場合は書きかけの論文)、身ぐるみはがされ、番号付きの収容服を着せられ。。。収容された直後に環境が目まぐるしく変わっていく描写が多いのにも関わらず、著者の心理的描写は少ない。“収容所ショック”という言葉ぐらいだが、迎える係の同じユダヤ人が血色よく痩せていないのを見て、良い待遇を受けられるのでは?となんとか希望を見出す。「こんなひどいこと長くは続かないさ、自分だけはもしかして解放されるかもしれない!」
 私の自粛生活(身体的にも心理的にも)が始まったのは3月初めからだったと思う。最初はもともとがあまり外に出ないし、自粛も悪くないようにも思っていた。診察や感染予防に気を配ることが増えたが、そういう苦労なら私には必要とすら思えた。あの頃は保健所や医師会からのFAXが止まらず流れて来ていた。内容は感染対策だ。マスク、ガウン、手袋、手指消毒を準備!診療で求められる基準はこうだ!保健所にPCRを依頼する基準について、など。コロナ感染を疑う基準としても最初は帰国者だけだったのがその接触者も含まれ、ついには東京、名古屋など都市部を出入りしている人と、数日単位で変わってきた。ワイドショーでは色々珍しい人目を引く感染パターンを叫んでいる。情報が次から次に耳に入りそれに追われ、診療と自分の生活を情報に合わせ準備する生活では、今思えばろくに自分の精神なんて振り返る暇もなかった。「夜と霧」のでもこの頃の心理描写が少ないのがわかるような気がした。環境の変化、情報の波についていくのに必死だったのだ。そんな中にあっても時々私の心を占める考えはあった。「こんなこと今まで無かったのだから、長くは続かないさ、引きこもり気味の自分だけはうまくやれるだろう!」本当の意味の”自粛”を知らなかったのだ。
ちなみに、この時期この本からとった私なりに解釈した言葉をスタッフに掛けていた。
“異常な時に異常なのは普通だ”と。

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2020.05.04 / Top↑