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もう一度観たい!と思い続けていた〝ボヘミアン・ラプソディー”を
インフルエンザがようやく終息したので観に行きました。
1つの映画を劇場で2回見たのは”タイタニック(1997)”以来ですね。

11月に最初に観てから、弟夫婦も、富山の友人も、
果てはフレディを”気持ち悪い人”だったと記憶していた母親でさえも映画を観て感動したそうで、
2月に観た人たちだけでの夕飯は(偶然)KILLER QUEEの歌詞にある”モエシャンドン”で乾杯し
クィーンへの情熱をキープしていました。
母親からはクィーン関係のTV番組があると電話がかかってきます。。。

さて、ボヘミアンを観た帰り、3/15からサントムーンで
「ホイットニーヒューストン」の映画をやるとポスターがかかっていました。
もちろん、このブログの読者さんならご存じなように、
当院は「ホイットニー耳鼻科」になるかもしれなかった程にホイットニーファンが運営しております。
実はポスターで映画を知ったのではなく、
1、2年前からホイットニーの伝記映画を作っていることは知っていました。
11月にボヘミアンを観た帰り道、友人に「実はホイットニーも映画になるのよ」と伝えたら、
ボヘミアンの直後の泣き腫らした目で
「フレディほど人生に深みがないから、ホイットニーの映画は絶対こける!」と、さらに目を腫らしていました。
今回、改めて3/15からと知って友人は「やっぱり、どんなにこけても見に行かねばならないと私は思うの!」
と、固い決意を私に向けてきました。晩年のホイットニーと対峙することを考えあぐねていると、
私のカーステレオから聞こえてくるシャッフル設定している音楽が
クィーンの”somebody to love"からホイットニーの”すてきなsomebody”になったのだった!
体に電流が走った私は確信しました「ホイットニーは私(達)を見ている」と。
2月は彼女の命日。
「私の映画も、きっと観てよね~」ってあの世から念を送ってきたんだよな~


2019.03.06 / Top↑
土曜は熱海の勉強会に行ってきた。
今年は講演者の経歴を紹介する役割が与えられており、
ちゃんとした格好で行かなければと、細めのグレンチェックのパンツ
クリーニングから戻ってきた白いシャツ、グレーのカーディガンを合わせ、
暖かい日なので紺色のピーコートを選んだ。
いつもと違う立場なので、いつもより早めに熱海につかなければならず、
花粉でいつもより多い診療を終えてすぐに、三島駅に向かったのだった。
車を降りる時になって、通勤で使っている青いランニングシューズを履いてきたことに気が付いた。
「恥ずかしい、革靴に代えなければ。でも戻って新幹線に乗っても約束の時間に間に合わなくなる」
靴ひもはオレンジでとことん青いシューズが私の悩みを笑っている様だった。
靴を選んだ記憶が抜けているから、疲れて無意識にいつものシューズを履いたのだろう。
誰も気にしていないさと熱海に向かったものの、自分は気にかかる。
おしゃれとは相手がどう思うかでは無くて自分がどういう格好をしたいかなのだろう。
そんな気持ちで熱海に着き、会場の控室に行くと、何とそこは和室だったのだ。
和室だと靴は脱がなければならず、嫌でもみんなの目に入る。
私以外の控室にいた3人の先生は同期だったり同じ大学だったりで話が盛り上がっていたが、
私は和室の入り口に3つの革靴と並んでいる自分の青いランニングシューズを想像し上の空だった。
今月の納骨の時に使う手袋に左手用2つを準備し弟を困らせていたのが母親だから、
その血をひいているのかな。などと考えていた。

けれど熱海からの帰り、電車は49分発、タクシーが駅に着いたのが47分。
切符はあるし、このシューズなら!と熱海駅を走った。
革靴だったらそれから次の電車まで30分待たなきゃだったけど、49分発に間に合った。
ランニングシューズのおかげで30分早く家に着き、忙しかった土曜の疲れを癒すことができた。
なんだかんだで間違いに感謝かな。

2019.02.27 / Top↑
私の実家は築40年くらいで古く、ふすまの上に長押(なげし)がある。
長押とは柱と柱の間にある日本家屋特有の構造で昔は壁を強化する目的があったが、
我が家を建てた時代にはもう装飾的な意味しか無くなったものだ。

IMG_2342.jpg
(実家の長押)
かべと長押の間には隙間がある。
ハンガーを引っ掛け服を吊るすくらいの隙間に、この冬はそれ以外の用途ができた。
父親の遺影をかけるために。
背の高い弟が写真の額をその隙間に収めようとすると、何かが引っかかる。
取り出してみると父の賞与明細だったらしい。
いくつかの職を転々とした人だったが、その会社に勤めていた頃は昭和50年後半から平成の初めだろう。
会社は最後には倒産しているから、おそらくバブル景気中の明細だろう。
昭和の終わりは私は高校から大学、弟は中学から高校に上がる頃だ。
一年一年私たちにかかるお金が増える時期で、もともと共働きだったがさらに髪を振り乱しながら
母親が働いていた記憶がある。

母はこの明細を全く知らないという。

向田邦子の「ダウト」という小説を思い出した。
トランプのダウトというゲームはカードを順に出していき
相手のカードを疑ったらダウト!と声をかける。

ダウト!「お金にはきれいな人だと思っていたけどねぇ」
ダウト!「僕も、もらったことのない額の賞与を何に使ったんだろう」
ダウト!「あの頃、苦しかったのに隠していたんだね」
罰としてカードを押し付ける本人がいないのだから笑いながらダウトだ。
四十九日までは、まだあの世とこの世をさまよっているらしい。
バツが悪い顔をしている父親の顔が浮かんだ。
2019.02.17 / Top↑
1月初めから流行してきたインフルエンザ感染症もようやく落ち着いてきました。
学校や家庭内だけではなく、色々な感染経路があるようで。。。

正月休み中に競艇に行ったお父さん。競艇場なのか?新幹線なのか?
「家族にもうつしてしまった」と、後悔されていました。
ただ後悔はマスクをしていなかったことでしたが。。。
子供も、奥さんも、会社でもインフル感染者がいないのに陽性だったお父さんは
「新幹線しか考えられない!」との言葉を残されました。
1月19日に勉強会のあった私は、静岡まで車両と車両の間に立って行きました。
学生の時以来の荒行です。

新幹線なら車両のつなぎ目に逃げられますが、そういう空間がない時も。。。
「スキーバスの中で感染しました。乗客の中にインフルエンザが出たと連絡あって」
今の旅行会社はそこまで教えてくれるのでしょうか?驚きです。
沼津から例えば志賀高原とか白馬とか何時間かかるのでしょうか?
それだけ密な空間にいたらうつるのでしょうね。

しかし、縄跳びを今一生懸命やっている低学年の子は
「縄跳び横でやっていた子がインフルだったの」というので、どれくらい一緒に縄跳びしてたの?
と聞くと「15分くらい」と言ってました。二人の距離にもよるのでしょうね。

感染経路だけではありません。検査の依頼にもいろんな理由があります。
もちろん、一番多いのは周りにインフルエンザの人がいて自分も熱がある。
というものですが、「ただ、ただ、だるい」という患者さんもおられました。
熱がないのですが、この患者さん、数年前のインフルエンザの時も熱がなかったので検査しました。
陽性で、だるさの原因わかったね~でよかったのですが、
熱なしちょこっと咳の妹さんも検査することになり、「私は大丈夫なのに~」といいながら検査を受け入れてくれました。
今年はいままでで、熱がない陽性の患者さんは2人だけでした。

今シーズン、検査理由の一番は「熱が出て、隣の一家が全員インフルエンザなので」という方でした。
「地下でつながっているのですか?」という質問は胸に秘め、
「よくお隣の家に行かれるんですか?」と尋ねると、「行きません」とのことでした。
実はこの患者さんは陽性だったのですが、
お隣と地下でつながっていないなら感染経路は違うのではと信じたいです。

なんだかんだと今年はスタッフも私も今のところ大丈夫です。
手洗いうがい、頻回の飲水でなんとかなっているのかな~


2019.02.13 / Top↑
昨年末の点検した後もあまり調子の良くない車のバッテリーを交換した。

まだ2年目の車なんだけどな。と思いながら原因を聞いたら、担当の人が申し訳なさそうな顔で、

「1年に1000km位しか乗っておられないので。。。バッテリーがチャージされにくいのだと思います」

働いて初めて平日休み(水曜日)というものを体験して、

高速料金の割高(休日が割引なだけなのだが)感から、高速を使うのが悔しい気持ちになり

あまり車の運転もしなくなったのだ。ただバッテリー交換の事実を看護師さんにグチると

「高速の節約とバッテリー交換代ってどうなの?」とズバンと直球を投げられました。

 そんな車で図書館に向かう途中、歩道を左折で横切るため、ウインカーを出して一旦停止すると、

向こうから歩いていた女の子が立ち止まり私と目があった。

もちろん歩行者優先なのでそのまま動かないでいると、その子が一歩下がったのだ。

中学か高校生くらいだったと思うが、そんなに気を使うと疲れるだろうに。。。

なんて考えていたら昔、国語の授業でならった「夕焼け:吉野弘」の詩が浮かんだ。

優先なのに気を使う心の持ち主はどこまで歩いていったのか?その日の夕焼けはきれいだったけど。


2019.02.03 / Top↑